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にげみち。

「ichiei」の雑文置き場。最近、短歌に凝ってます。

傷跡の、あと。 

わりあい書きやすかったし、それなりに気に入ってたり。1000字小説。1998/11/26

 カンナさんは、あまり傷跡を隠そうとしない。
 一応腕時計で覆ってはいたのだが、彼女はアクセサリーの類に縛られるのが嫌いらしく、よく無造作に外してしまうし、肝心のものからは少しずれていたから、効果は少なかったと思う。
 僕が指摘すると、カンナさんは傷跡を指でなぞり、眉を潜めた笑みを浮かべながら答えた。
「これも私の一部だから」
 でも、心配してくれてありがとう。そんなことを言ってくれるのは、君だけだよ。
 こう付け加えてくれたけど、誉められたという気はしない。普通、他人のそうゆうものに言及できる人間って、図々しいというのではなかろうか。
 僕にしろ、結局由来は尋ねられなかったのだ。どうして傷なんか付いてしまったの、と。
 ただ、いつだって彼女の跡に見とれていた。色白の人の傷跡は、やはり白い。いつか青く光り出して、空中にぽかりと浮かんで、月の光に溶けてしまう。そんなことを考えた夜もあった。

 カンナさんが結婚する。
 僕も式に呼ばれ、その席で初めて相手を見た。結構いい男だった。
 二人は笑っていた。笑顔イコール幸せの象徴ではないが、この場合は素直に祝福してもよいと思う。いや、するべきなのだろう。
 僕は、カンナさんの隣の男を見つめた。あなたは僕の出来なかった質問を口にし出来たのか。もし、出来たとしたら、答えを受け取ったのか。受け取ったのなら、あなたはそれをどうしたのか。頭の中にたくさんの疑問符を持つ者の目で、そして、それらを決して口に出来ない者の目で、見た。
 彼が僕をどういうふうに見ていたかは知らない。いや、見てもらえなかった可能性のほうが大きい。
 カンナさんに、白いドレスはよく似合った。ティアラが輝いていた。ライスシャワーが宙を舞った。
 カンナさん、おめでとう。ずっとずっとお幸せに。
 こういうのは、楽に言えるのに、ね。

 僕は、自分のまっさらな手首と、その先が握っているものを、ポケットに隠す。
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痕跡

 彼のコートをハンガーにかける。いつものように、シワにならないように、飼い猫の毛がつかないように、そしてわたしの匂いがつかないように。 わたしは、彼の為に甲斐甲斐しく料理を作る。器に、盛り付けに、気を配る。自分では殆ど買わない輸入ビールを彼の為に冷やして

ワーホリへの道 | 2005/03/11 23:26