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申し訳ないほどおひさしぶりです。
現在サウンドノベル作成中です。選択肢までの文章をお試しにのっけてみます。といっても、サウンドノベルなので文章ウィンドウに合わせたら、けっこうな改稿になってしまってるので、完成版はこれとはちっと変わります。
1ルートは完成したのですが、演出が難しくてそこから先がなかなか。ん。
永い旅をした。薄刃で傷付き野次で砕ける、およそ振り回されるばかりの脆弱なこの身にとって無窮に等しい時間を、私はひたすら旅程に費やした。必要とあらば迂廻もしたが、それもこれも辿り着く日の、いつともしれぬいつかのためである。
きっと私はさまざまな事件に遭遇したのだろう。けれどなんらかの事情により記憶の一切は忘却され、深層廃墟の塵として処理された。私にはもはやなにもない。「旅をした」という厳然たる烙印、すなわち過去はある、だが、それはがらんどうの宝石箱みたいなものだ。見てくれだけは立派で、無知な善人からすればありがたいものかもしれない、しかし中枢をなくした容れ物ほど空しいものもないというのに。
いいや、もう、ほんとうはなんだっていいのだ。
何故こんなふうにしているの? いつから続いているの? どうしてひとりなの? 私? 私の名はなに? 身元は? 生きている? 死んでいる? この世界はほんもの?
どうだっていい。私は旅をした、そして、もうすぐ終える。たったそれだけのこと。
さあ胸を張って前へ進もうじゃないか。森をつらぬく道の終点――魔女の館へ。
私が初めて対面した魔女は、巷で打ち聞くあさましい迷信とはちがい、気さくで親しみやすく、人懐っこかった。先触れもせずふいに参上した私を嫌な顔ひとつせず所帯へ案内し、私が請えば、彼女の至宝を惜しげなく披瀝した。
「御存知のとおり、これがあたしの愛しい娘たち」
祖母が御伽噺に唱ったようなねじけた鉤鼻をもってもいなかったし、木肌じみた皺だらけの渋皮をはりつかせてもいなかった。どちらかといえばありきたりの人型だ、いたって幼いという一点をのぞいては。
十にもとどかぬいたいけな少女、魔女の風貌を一言で纏めればそうなる。
室内の装いには不釣り合いなフラノのクローク、およそ現し世の量感という量感を選り択って色調に仕立てかというような、過重の、墨染めの濡れ色。成人の寸法で仕立てられたそれをてっぺんから打ち被り、時折踵の下に仕舞いつつしながら裳裾を引き摺る仕種等あどけなくも滑稽であり、いじらしさすら感じたが、迂闊な含み笑みは自制する。
彼女は魔女なのだから。
天井から吊り下がるだらりの垂れ衣を魔女は両手で取り除いた。束の間、クロークの袖から垣間見た指先が、いやになまめかしい。薔薇色の印象を目蓋の縁に残して、私は彼女の指示どおりに、垂れ衣の奥に視線をすべらせた。
帳(とばり)の先々、木の壁に据えられた、神経質なまでに等間隔の収納棚。そこへ緻密に配列された試薬瓶や坩堝の群は、なぜか墓標の集合を連想させる。
これらは、魔女曰く、全部が全部猛毒らしい。
毒――妄想から仮定し、喩えたりなぞらえたりしてそう言い表すのではなく、ただの、そしてまぎれもなく、毒。致死性、到らずとも、それに近い弊害をつつむ。邪悪なのか高潔なのか、毒は無言をきわめてそこにある。
そんな、現実よりもあくどい仮初めを愛撫する、銀の手套もつけずに、だから彼女は魔女なのだ。
「糖蜜よりずっと甘い毒、身体より先に神経を痛める毒、毒でありながら他の毒を消す毒、まあいろいろよ。世界中の毒を網羅したとはとてもじゃないけれど云えやしない、けれど、それなりの量はあるはず」
慈愛に充ちた瞳を収蔵棚に向ける、魔女。彼女は日ごと夜ごとに膏や錠をどのように丹精するのだろうか、と、下世話な興味がやおら湧いた。親が子をなだめるような具合か、緑を栽培し収穫を待つ具合か、それとも籠に囲った小鳥に唄を教える具合か――しかし、ついぞ私の推量が実を結ぶことはなかった。
魔女の振る舞いはあらゆる白昼夢の外にある。私たちは夜の太陽を知らない。地平の皿の果て、かくれた黄金の水車はどのようにふるまっているのか、それは、理屈や仮想をたてるのならばいくらだって自由だけれど、天の玉座に坐る好機でもなけりゃ、私たちは概念の実現を観察できやしない。いくらたくましくしても迷想は迷想、イデアに近付く日ははるか遠く、真実(「ない」と証明されぬかぎり、「ある」を見切りで片が付くほど、易しくない)はつかみどころなく、無知の無知として私たちは日々をつなぐ。
私は、だから、魔女の素行を見据えた。彼女のモーションをできるかぎり逃さないように。視線に勘付いた彼女が、それが理由で言動をひとしお澄ましているのは分かっていたが、私は彼女と違い、現象観測以外に認識できないので。
「あなたはあたしに毒を分けてもらいにやって来た」
私は雛のように従順に頷く、彼女の言葉は私の陳述の再確認に他ならなかったからだし、いっそうの補填も思い付かない。いろいろとおぼつかない私を魔女はどうとったのか、オペレッタの主人公を憐れむような軽い笑みをつくり、私の拳に視線を据える。
固く閉じた私の、手。いつのまにそうしていたのだろう。ある情緒を捕まえて放さぬため、一縷の望みに縋り付くため、赤ん坊のような懸命さで強く宙を握る。
だが、私は赤ん坊ではない。無心でも無垢でもない。空洞が大部分を占領していようと、そこ(三次元座標で表示できない位置も、私の語彙では、やはり『そこ』としかいいあらわすことができない)にはやはり心があるから、例えば虚無の裂け目の向こう側、隙を見て湧き出そうとする叛心、を抑え付ける。そいつは砂礫のような周到さで、編み目のすきまからとりこぼれる。
魔女はたぶんことごとく見透かしているのだ、私には見えない私の向こう側を。魔女はサイコロ遊びが大好きだ、あらゆる確率(あってなきがごときの微小にまで!)に生誕のキスをおくるだろう。
「それは、なんのため?」
目的は? 意図は? 予定は? 勝算は? 対価は?
私は首を横に振る。私の旅はあまりに永すぎたようだ。私の諳んじている素養のうちに、私の正体は含まれていなかった。喪失。薄っぺらい記憶の抜け殻が、今の私。
私はいったい何者だろう。
魔女と取引をしてまで毒を手に入れようとする、私の動機はなんなのだろう。ああ、ちっともおぼえていない。しかし、不思議と危惧は催さなかった。あるべきところへ必ずや回遊する、という本能めいた確信があるからだ。それは或いは退行や昇華や代用といった、逃避の合理化かもしれなかった。
が、わきあがる多幸感が負の回路を凌駕した。そのとき、その一瞬だけは、「『毒が欲しい』その欲望はとりこぼさなかった」という自負に酩酊する最中は、私の向こう側の闇に似たものもおとなしかった。
「それでも、あなたは毒が欲しい、」
魔女に念を押されるまでもなく、私は再度首肯する。ああ、そうだ。もはや私にはそれしかない、それだけが私の実存を立脚する。それが達成された以降はどうなるかなんて、二の次だ。おそらく私は飢えている。毒に? どこかしっくり来ないが、目当ての品の入手が渇きを癒やしてくれるだろう件は想像に難くない。
そして、魔女はやはり温厚だった。彼女はいつも薄く笑んだような表情をとっている。
「うん、いいよ。好きなのをどうぞ」
――たったひとつ、と、魔女は告げる。
ふたつはない。
過分の温情だと思う、異存はない。鳥類から風切り羽をむしる優しさもある。擒(とりこ)は擒(とりこ)故に庇護者から愛される。
私は……、