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にげみち。   数霊

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2005_03_09 .Wed
[物語]前世紀  
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ちょっと全体的に不統一。たぶん1998年、たぶん1000字以内。

 大学で民俗学を学んでいる友人に、面白いことばを教えてもらった。カズタマ、漢字に直すと数霊、がそれだ。言霊は一般的に知られているが、そもそも古来より数と言は不可分であり、この宇宙の間元妙一なるものがあるいは言霊、あるいは数霊となって経緯するという。……もうちょっと簡単に説明してください。
「分かりやすい例で言えばね、ほら、マジシャンなんかがよく『ワン、ツー、スリー』って掛け声を使うでしょ」
「あ、やってるよね。種も仕掛けもないシルクハットに、魔法の布を被せましてワンツースリー、おや不思議、かわいい兎が現れましたって」
「それそれ、一種の数霊と言えないこともないかな。まあちょっと乱暴な例えだと思うけど」
 ずっと喋ってて喉が渇いたんだろう。彼女はいったん言葉を切りオレンジジュースに口を付けたあと、「ヒフミの神歌ってのもあるのよ」と話を続けた。
「ヒフミって、ものを数えるひいふうみい?」
「そう。ひふみよいむなやことで始まる神歌があって、『万の災いをして幸いにかえさずということなし』と伝えられるくらい凄い効力を持ってるの。これこそ数霊の極みかもね」
「ふうん。数霊」
「うん。ひふみよいむなやこと」

 ひふみよいむなやこと。あの日友人が唱えた呪文を、今日は私が唱えてみる。
 ひふみよいむなやこと。おはじきを畳に広げて一つずつ数えた、幼いころの思い出を呼び起こす懐かしい響きは、私の身体にすんなり馴染む。彼女が言うほどの奇跡を秘めているか疑問だったけど、気持ちのいい月夜に抱く期待を感じることは出来た。なにか不思議が起こりそう。
 時計をもう一度確かめると、かたつむりにも負けそうな速さで分針がこちりと動いた。これでやっと、ひいふうみい、十時間。進学先が食い違ったせいで、遠く離れてしまった恋人と私は月に一度ぐらいしか逢えない。その月に一度があと十時間後に迫っていた。今頃彼は、夜行バスに乗る支度をしているのだろう。
 ああ、この十時間がもどかしい。普段なら何気なく過ぎてしまうのに、今日に限ってどうしてこんなに遅いのよ。早く彼に逢いたい。二人でやりたいことは、二人でしてきたことの倍もあるのよ。それなのに、無粋な時間は淀んだ川のごとくなかなか流れてくれないものだから、私は数霊に祈る。
 ひふみよいむなやこと。十時間なんかすぐに過ぎてしまいますように。
 ひふみよいむなやこと。
 あと、九時間五十九分。

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