上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
20世紀に書いたものシリーズラスト。まぁなんというか。らしいよな。1998年。1000字以内、おそらくは。「あめがふればいいのに」
振り向くと、窓硝子に額をぴったりくっつけている真乃がいた。彼女はそれを開けて、身を乗り出す。
「危ないよ」
こちらの注意を受け入れる様子はない。真乃は部屋にはない上半身をひっくり返して、空を仰いだ。手を縁に掛けてはいるものの、いつ落っこちても不思議ではない体勢だ。そのくせ呑気に歌なぞ歌い出して、「アメアメフレフレ」という懐かしいフレーズが、冷たい風に乗り部屋に流れこんで、床のあたりをくるくる舞う。
私は教科書を閉じた。これは真乃の「かまって」のサインだ。予習を進めておきたかったから、ゲームを与えておいたのに、どうやら早々と飽きてしまったらしい。ここは素直に付き合ってとっとと解放してもらうほうが、総合的に見て一番早い方法なのだろう。机を離れる。
猫の子をつまむ要領で、真乃を部屋へ引き戻す。それから首だけ出して、空の色を確かめた。
全ての光を吸い込む灰色が、上空にべったり塗りつけられていた。……光を吸収するのは黒だということくらい、知っている。ただ、昼間から点いてしまった街灯も役に立たないくらい、外界は暗く重かった。雨が降っていないのが不思議というより、気持ちが悪い、そういう天候。
「いっそ、ざあざあ降ってきたほうが、すっきりするかな」
今の季節、開け放しは辛い。窓を閉めると、扱いに不満気な真乃が、「違う、あめだよ」と反論してきた。
「水が落ちてくる雨じゃなくて?」
「うん、違う。『あめ』」
アクセントの付け方からすると、飴玉のことでもなさそうだ。と、いうことは。
「もしかして、空の意味の『あめ』?」
「そう」
前置きなしに古語を使われても、理解できるわけないのだが、彼女に言ってみても、右から左に流すだけだ。ま、一応深く吐息をついて、理由を訊ねる。どうしてあめがふってほしいのか。
「だってさあ」
泣いた鴉がもう笑った。いつのまにやら機嫌を直した真乃が、空気を蹴って遊んでいる。
「今、あめがふったら、しゅうちゃんと一緒に死ねるもの」
名前を呼ばれた、私の体温が一度ばかり上がった。しかし、それを隠す術は心得ていたから、問題ない。
ぼ。窓を叩く音がした。終末の色の空から、とうとう雨粒が落ちてきたらしい。真乃が歓声を上げて、再び例の歌を歌い出す。歌声は私の身体にぬるりと入り込んで内蔵を犯す、そんな錯覚に襲われた。