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にげみち。   むしのこえ

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2005_03_03 .Thu
[物語]前世紀  
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[完成稿]
 新しい住所に越してきて、初めて迎える秋だった。ここらは田圃やら舗装されていない道やら、昭和の遺物とでも呼ぶべき代物が結構残っているおかげで、日本の秋を存分に鑑賞することができる。蜻蛉が水の上を飛び回り、道端の彼岸花は捨てられた玩具のよう、しかしとりわけ私が気に入ったのは、昼も夜も終わらない虫たちの大合唱だった。こんなに迫力があるものだとは知らなかった。ラジカセを放り出し、網戸の隙間から流れてくる歌に、耳を澄ませる日々が続いている。
 深夜、もっと近くで聴きたくなり、近所の空き地に出てみた。壊れた街灯が明滅を繰り返し、景色がちらちら揺れている。どうせ何かを見に来たわけじゃないと瞳を閉じれば、廻りの夜より深い闇で、虫の声だけが力強く迫ってくる。
 が、そのなかに、がさっという異音が混じった。明らかに虫の声とは違う。瞳を開けると、そう離れていない草むらに少年とおぼしき影が一つ、うつぶせになって転がっていた。
「どうかしたの」
「オレ、虫になりたいんだ」
 詰め襟を着ているところを見ると、高校生だろう。答えているようで答えていない、ぼやけたことば。こっちの存在を本当に判っているのか疑いたくなる、夢見た表情。
「虫になってずっと唄っていたいな」
 この年齢にありがちの軽い鬱状態か。ならば放っておいたほうがよい。その場を離れようとしたとき、彼の身体が小刻みに震えていることに気付いた。
 少年が変わっていく。まるで氷の彫刻が溶けだすように。身体は縮まりゆっくり変形していき、彼が口にした願いが達せられるのにそう時間はかからなかった。少年は虫になった。こおろぎだった。ころんと鳴いて草に隠れる。
 と同時に、まったく別の茂みから一匹の虫が飛びだしてきた。やっぱりこおろぎだった。そいつの変身もすぐに起こり、今見た光景が逆回しで再生されるのを、私は黙って眺めていた。大きくなり腕が伸び足が伸び、そしてさっきの少年そっくりの存在が立ち上がった。
「ありがとう。僕は一日中唄うより、踊ってみたかったんだよ」
 少年は、いや、かつて虫だったものは、少年だったものが隠れたほうの緑を見遣る。そして、こちらに向き直り綺麗なウィンクを寄越すと、澄ました顔で何処かへ歩いて行ってしまった。踊れる場所に行くのだろうか。訊ねてみたかったが結局声には出せず、代わりに、ふと思い付いたフレーズを口ずさむ。それは、虫たちの唱和と奇妙な風合いで絡まった。
 ああおもしろいむしのこえ。


[初稿が残っていたりするので、ついでに載っけてみる]
 この土地に住むようになって、初めての秋を迎える。以前の住所と違い、田圃やら剥き出しの道やら、そんな代物が結構残っているおかげで、私は日本の秋を存分に鑑賞することが出来た。蜻蛉の群が悠々と飛び回り、道端の彼岸花は捨てられた玩具みたいで、とりわけ気に入ったのは、昼も夜も終わらない虫の大合唱だった。こんなに迫力があるものだとは知らなかった。CDプレーヤーを放り出し、網戸から流れてくる歌に耳を澄ませる日々が続いている。
 深夜、私はもっと近くで聴きたくなり、近所の空き地に出てみた。壊れた街灯が明滅を繰り返し、景色がちらちら揺れている。どうせ何かを見に来たわけじゃないと瞳を閉じれば、廻りの夜より深い闇で、虫の声だけが力強く響いていた。
 が、そのなかに、がさっという異音が混じった。明らかに虫の声ではない。瞳を開けると、そう離れていない草むらに少年とおぼしき影が一つ、うつぶせになって転がっていた。
「どうかした?」
「オレ、虫になりたいんだ」
 詰め襟を着ているところを見ると、高校生だろう。答えているようで答えていない、ぼやけたことば。こっちの存在を本当に判っているのか疑いたくなる、夢見た表情。
「虫になってずっと唄っていたいな」
 この年齢にありがちの軽い鬱状態か。ならば放っておいたほうがよい。その場を離れようとしたとき、彼の身体が小刻みに震えていることに気付いた。
 少年が変わっていく。まるで氷の彫刻が溶けだすように。身体は縮まりゆっくり変形していき、彼が口にした願いが達せられるのにそう時間はかからなかった。少年は虫になった。こおろぎだった。ころんと鳴いて草に隠れる。
 と同時に、まったく別の茂みから一匹の虫が飛びだしてきた。やっぱりこおろぎだった。そいつの変身もすぐに起こり、今見た光景が逆回しで再生されるのを、私は黙って眺めていた。大きくなり腕が伸び足が伸び、そして、さっきの少年そっくりの人間が立ち上がった。
「ありがとう。僕は一日中唄うより、踊ってみたかったんだ」
 少年は、違う、かつて虫だった生き物は、こちらに綺麗なウィンクを寄越すと、何事もなかったようにどこかへ歩いて行ってしまった。踊れる場所に行くんだろうか。訊ねてみたかったが結局声には出さず、代わりに、ふと思い付いたフレーズを口ずさんでみる。
 ああおもしろいむしのこえ。歌は、虫たちの唱和と奇妙な調和で絡まった。

[主な変更点]
題名変更
最初、頭のなかのもやもやしたプロットの段階では、『ああおもしろいむしのこえ』だった。あまりに長いし、ちょっとギャグっぽいので取りやめ。次は『取り替え』だったが、どうしても病院の乳児取り替えを連想するので、こっちも止める。結局、そのままの『秋の夜長に』になった。良かったのだろうか?
出だし変更
出だしと二番目の文のバランスが気にくわない。こっちの形に変更したが、正解だったかどうかは謎。
蜻蛉の群が悠々と飛び回り、>蜻蛉が水の上を飛び回り
蜻蛉は『悠々と』飛びません(笑) すーっついっすーっついってな感じで飛ぶのです。『頭上』とどっちにするか悩んだのだが、どちらかといえば空よりも地面な話だし、勘の良い人に『産卵』のイメージを持って欲しかったので、こっちに。
CDプレーヤー>ラジカセ
『CDプレーヤー』はあまりに現代的すぎる。もっと泥臭くするために、『ラジカセ』という単語に変更。
虫の声だけが力強く響いていた。>虫の声だけが力強く迫ってくる。
『虫の声』そのものが生命を持っているような感じを出したくなった。
「どうかした?」>「どうかしたの」
クエスチョンマークを使いたくなくなったし、批評してくれた友人に違和感があると指摘されたので。彼女には「何?」とか「何やってるの」とか意見をいただきましたが、なんとなくこれを採用。
「少年だったものが隠れたほうの緑を見遣る。」云々を挿入。
またも友人の批評より、虫が少年を気にするような素振りを見せて欲しかったと言われたので。自分でも入れようと思って、すっかり忘れてました(笑) もっと行動的なことでもよかったのだが、面倒なのでこれっぽっち(笑)
踊れる場所に行くんだろうか。>踊れる場所に行くのだろうか。
これまた、「ん」では軽すぎる、との批評より。確かに。
調和>風合い
よく見たらすぐ前に『唱和』という単語を使ってるじゃないか。かぶりのような気がしたので変更。これがもっと軽い話だったら、そのままにしておいたんですけどね。
最後の段落を変更。
やっぱり締めは、スマートに歌声で終わらせたかった。ただ、『絡まった』云々の文章も捨てがたかったので、前の段落に組み込んだ。その分、前の段落が冗長になってしまった感はある。

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