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にげみち。   海亀のスープ

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2005_02_25 .Fri
[物語]前世紀  
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1998/10/15、らしい。よくある話と切り捨てられました。1000字小説。

 崩れた柱に寄りかかって休んでいたら『海亀のスープ』という話を思い出した。 一隻の難破船が無人島に流れ着く。その島は食料が乏しかったので船の乗員は次々と亡くなっていき、最後に男が二人残された。しかし、そのうちの一人も段々衰弱していく。もう一人が死人の肉を喰って精を付けるよう勧めるが、彼は人間としての尊厳は捨てたくないと拒否する。ある日、弱った男は相棒に『海亀のスープ』を喰わせてもらった。やがて二人は近くを通りがかった船に拾われて助かり、数年後、海亀のスープで命を救われた男はレストランで海亀のスープを注文する機会を得る。スープを一口啜って彼は絶叫した。『これは海亀のスープではない。こんな味ではない!』と。愚かで哀しい二人の男の話だ。
 そういえば、海亀のスープはどうやって作るのだろう。あの強情な甲羅から亀の肉を引きずり出すのは、かなり難儀な作業に思われる。じっくり煮込んだら自然に離れるものなんだろうか。それとも甲羅からは良い出汁が取れるのかもしれない。仕立てはどんな感じがよいのか。中華風か仏風か、和風は違うような気がする。まだ口にしたことのない幻のスープについてあれこれと推測を重ねると、クリスマス前の子供がプレゼントを想像するときのような、愉快な心持ちになってきた。ついに私は声を上げて笑い出した。海亀のスープを作ってみようか。なに、材料なら余るほどあるのだから失敗を恐れることはない。周りには無数の海亀が転がっているのだ。
 渇いた声で私は笑う。笑うしかない事態だから笑っているだけのはなしだ。戦争は予告もなく始まり、人々は逃げ場もないまま殺し殺されあった。自分がどうやって逃げのびここまで辿り着いたか記憶はない。気が付くと生者は私一人だった。地の色が見えないほど多くの人間の死体がそこかしこにあった。人間の死体?私は何を言っているのだ。海亀だ。大人も子供も焼けこげたのも首のないのも、これは全部海亀なのだ。
 たくさんの海亀に囲まれて私はたった独りの人間だった。二人の男は幸いだな、彼等には互いがいたのだから。私には誰もいない。海亀はあってもスープを飲ませる相手も飲ませてくれる人もいないのだ。私は首を横に振る。こんなところでぼうっとしていても仕方がない。友を捜しに行こう、海亀のスープを一つの皿から一緒に啜るための友を。私は立ち上がり、地平線まで続く海亀の群の中を泳ぐように歩き出す。

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