上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
赤ん坊づれで自転車を走らせている。育児雑誌の表紙で愛だの夢だのまきちらすようなのとは縁遠い、醜い子だ。生まれたての産毛もはえていない雛のよう。赤紫のぶよぶよした肌、表情以前の段階の容貌、接触に嫌悪をおぼえる。
でもこれは私の責任だ。この子は私の子だけれど産んだ記憶もなければ育てた思い出もない。後者は当然のことで、わたしはこの子を、服をしまうみたいにキャビネットへずっと放り出していた。悪気はなかった、ただただ面倒な気分だったのでそうした。ひさしぶりに思い出してとりあげてみると、赤ん坊は生きてはいたけれど、笑いもしない泣きもしない不気味ななにかになりはてていた。だから私は悪いと思って(逆にいえば、その程度の罪悪感しかなかった)、この子を病院に連れて行くために自転車を走らせている。でもやっぱり愛情はなく、裸の赤ん坊を自転車のカゴに投げ入れている。ひどい状態だ。赤ん坊は冷たい向かい風を真正面から受け止めているが、不快をあらわそうとしない、というよりは感情なんかまったくないようにしている。ちろ、ちろ、とわずかな眼球運動がそれが生命であることを証明している。
到着した先の煉瓦造りの病院は、休業していた。しかたないからUターンする。自分の力でやれることはやろうとした、が、なにができるのだろう? とりあえず赤ん坊をマッサージしてみる。‥‥悪質のスライムにじかに触れてるようで、気持ちが悪い。赤ん坊はまったく変わる様子をみせない。やめたくなるけれど、もうすこしやってみようかと思う。自分の子なんだから。愛情はそれでもびたいち沸いてきやしないけど。
#夢だからしかたがないが、中途半端にここまで。
##夢に赤ちゃんが出てきたのは初めてだ。この手の気味悪い夢は初めてで(自分の場合多いのは「なにかから(大概正体不明)逃げている」「体の一部がとれる」)、おもわず夢占いに持ち込みたくなった。