上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
これは送ったのだけど届かなかったらしきもの。1998/11/13 土曜日、午後三時。母が突然、これからみんなで海へ行こう、と言い出した。今日の夕飯は海辺でバーベキューだ、と。
四十路を越えているというのに、母は、こんな子供っぽいことを時々したがる。困ったものだと思うのだが、若い思考を持てるのは悪いことではないし、ちょっとした我が儘に付き合うのも孝行だと思い、私は母の提案のサポート役に回った。嫌がる弟への説得である。父は、当たり前だが私より母との付き合いは長いわけだから、こういう事態には慣れっこらしく、諦め顔で車に荷物を積み込みだした。
家族四人揃ってのドライブは久しぶりだ。途中のスーパーで食材を買い込む。目的地には、約二時間ほどで到着した。
海は静かだった。海水浴には中途半端な時間だったせいだろう。人影が全くないわけでもなかったが、ありがたいことにカップルの姿は見当たらず、多少騒いでも無粋な真似にはならない。
すっかり準備を終えて、網の上の最初の肉が焼ける頃には、太陽はその体積の三分の一ほどを、水平線下に沈めてしまっていた。偉大なる日没だ。自然界にしか存在しないグラデュエーションが、空と海から浮き上がる。沖合では、煌々とした白い光が滑っている。烏賊釣り船の灯りだと、母が教えてくれた。
この光景を見に来ただけでも価値がある。それを口にしてみたが、弟は肉を喰らうのに夢中で、父はひたすら網に注意を向けており、母だけが話を聞いてくれた。彼女は、はにかんだような、少女めいた表情をしていた。
その顔を見ているうちに、母が海に来たがった理由が、なんとなく分かるような気がしてきた。私はもうすぐ、この家族の一員ではなくなる。職場で知り合った男性と、新しい家族を作り上げるためだ。そういえば、弟も、大学は地方を目指していると言っていたっけ。今ここにいる四人は、遠からずばらばらになるわけだ。
柔らかな微笑を湛える母の横で、私は、再び景色に目を移す。
陽はもうすっかり沈んでしまった。透明な闇が、世界をそうっと包む。同時に、烏賊釣り船の灯りも数を増し、その輝きは、彼が約束の印に贈ってくれたダイアモンドに、少し似ていた。
名残は尽きねど、そろそろお開きかな。
父は私の視線の先に気付くと、烏賊も焼けばよかったな、と言い、弟も、そうだこれだけじゃ足らねえぞ、と同意の声を上げた。男たちは変わらない。海風と同じくらい、気持ちの良い事実がそこにある。