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かつてはこのあたり一帯をおさめた貴族が支配し寵愛し生活した屋敷も、置き去りという雑音をともなわぬ狼藉のまえには無力であり、十年の歳月はそこをすっかり廃墟に換えた。外壁は奥深くまでひびわれ、苔は白雪のようにあらゆるところを覆い尽くし、忘れられた家具が(さすがは貴族のものといったところか、異国の技法がふんだんにほどこされた、なかなか立派なしつらえである。しかし、こいつはどうして盗賊などに持ち去られなかったのだろう? ことによると、悪い魔法がしかけられているのかもしれない)魔法陣じみたしみを浮かせて、夜から迷いでた悪霊がごとくぼんやりとたちつくす。
風が、吹いた。
ひとしきり、ごうっという透けた膂力にかきみだされる。下生えがふらつく。まっすぐなのもぎざぎざなのもおんなじようにぐらぐらして、しかしあいだをおかずにだいたい元のところへもどる。だが、はじめがどこにあったかも定かではないから、風にさそわれて、ほんの少し付け根をずらしてみたりしたのももしかするとあるのかもしれない。
もう少し分け入ってみれば、建物にかこまれて中庭のあることが判明する。往事はさぞかし丹念な世話をうけたのだろうが、今はまるで自由気侭、天下太平の惰眠をむさぼるばかり。
ちょうど中心の位置に、人工の池がきざまれている。底から縁にかけて、遠方からとりよせたらしい孔雀石の破片がびっしりとパズルピースのように組み合わされて埋め込まれている。どんな仕組みでか、池はいつも真新しい水を、ちょうどいい嵩までたたえている。おそらく地下から浸みる水をとりこむのとまびくのと、ふたつを同時におこなうからくりがそなえつけられているにちがいないが、孔雀色の石にさえぎられて、どこかゼリーに似た湧き水は退行のことなぞそしらぬふうに生まれたままをよそおっている。
ときどき生者がまぎれこむ。今日の客は、メタリックな質感の金蛇が一匹。サルビア色の舌を、ちろ、ちろ、としけったライターの火花のように吐き出しながら、道なき道をすべってゆく。どこかに目的があるわけではないようだ。太陽光のいちばんおちくぼむスペースまで這うと、そこでしばらくじっとする。暦の起き出すまえからそういう約束であったように、隣の白い名無しの小花とむつまじく、だんまりほっくりとぼけている。
ゼリーの水に養われたか、中庭にのこされたもののなかでは蔓植物がいっとう威勢がよい。ずいずいと三角をかぶる身丈を突き出し、恐れ知らずに天を殺そうとするさまなど勇士の槍。それがいくつもいくつも囲う人知らぬ中庭の贅沢。植物の葉はハートのかたちをしているが、心臓にはあまり似ていない。
ある蔓植物などは石膏像にもたれている。この地方にずいぶん昔からつたわる女神を模した像だ。
気の済むまで情景描写にあそぼうの会だから、オチはない。